女だけど男前な料理ばかり・・・

役者・akiのお料理レシピ&ノンジャンル自由日記のブログです♪

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今成田空港に向かっています。

ジャーナリストになりたくてアメリカに留学している二番目の弟の見送りのためです

今回の震災後、義援金を集めるため留学先でPFF(パシフィック・フレンズ・ファンド)を立ち上げ代表をつとめています。

うち父が弟に
「自分の育った町がどうなったのか、自分の目で見て取材して、アメリカに持ち帰れ」

と弟を日本に呼び寄せたその帰りです。
このタイミングしか弟と会う時間が無かったんですね

NHKでアルバイトをしてた関係で、画像や動画編集を東京でしてたので忙しかったとの事です

彼がどんな物を見て感じたのか…ゆっくり話すのが今から楽しみです。

彼の親友達は何人か亡くなっているし、辛い辛い日々だったと思います。

そんな活動が東北のメジャー新聞紙の河北新報に記事が載りました(らしい)

詳しく聞いたらまた追記します(笑)

是非読んでやってくださいませ

姉バカで失礼しました(笑)
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東京に戻りました。

行って早々の地震やら、帰る間際の福島や茨城の地震やら、色々ありましたが、帰ってきました


叔母の火葬も無事に済みました。

そこに辿り着くまでは不安もありました。

7日の大余震で、東北は新たな打撃を受け、10日の火葬はって焦りましたが、運良く()山形は停電の被害が軽く済んだので無事に行う事ができました。

石巻の被害は想像以上。

遺体安置所は何とも言い表せない雰囲気でした。

ご遺体がズラリとテントにならび、目の前で続々検死されてて、身元不明のご遺体はブルーシートの上に並び…。


夢なのか…本当に人なのか…。

そんな中でも検死はもちろん、綺麗にして家族の元へ帰してやろうと、綺麗に洗って下さる方たち。

今回は本当に辛い辛いお仕事をしてくださってる、自衛隊や警察、消防団他色んな方たちに感謝感謝です。

きっと私のつたない文章では伝わらない事が沢山あるでしょう。

これは伝えないといけない真実も沢山あります。

ゆっくりお会い出来る事があれば、是非聞いてくださいませ

まだまだ進まぬ捜索。

海にも沢山…。

火葬が出来ただけ本当に有難い。

市では土葬しか出来ないのだから。

自分達で火葬場を見つけ、自分達で棺を運び、家族四人で送りました。

棺桶の重さにヒイヒイ言いながら
山形県新庄市で火葬を行なったのですが、新庄市の計らいで、ボランティアのお坊さんが駆けつけてくれました。

山形県仏教青年団の曹洞宗のお坊さんでした。

お経もあげてもらえて本当に良かった。

感謝の気持ちを込めて小布施として封筒を渡すと、その封筒を受け取ってお題目を唱えて

「気持ちはしっかり受けとりましたのでこちらはお返しします」

とスッと封筒を返してきました。

「あなた達が今は大変なんだから、少しでも役に立ててください」

ときつ~い山形弁で言ってくださいました。

涙があふれました。
涙が止まらなくなりました。

人の優しさに心を打たれました。

一周忌にでもお寺を探してお礼に行こうと母と誓いました。

人ってすごい

鳴子温泉に宿泊してたんですが、そこの旅館がまた素晴らしく、お骨を持って一泊させて貰ったのですが、その夜はスッと影膳を用意してくれました。

女将さんはじめ、従業員の方たちみんな手を合わせてくれました。

人情味溢れてる素晴らしい旅館です。

食事は最高、お湯は東の横綱です

「ゆさや旅館」

機会があったら是非行ってみてください

まだまだ書きたい事は沢山。


長くなったのでこの辺で。

色んな方の温かさに感謝感謝です。

ありがとうございます



昨日石巻に来たと思ったら、深夜23:35頃に手荒い歓迎。

宮城県沖の震度6強の地震

マジ、これはアウトだと一瞬死をよぎるほどの激しさ

親戚の家がバッチリの耐震性住宅で良かった。

その後の津波警報のものものしさ。
あの強さの地震に動揺していた私はホントに逃げることが難しい現実を身をもって感じました。

一晩中続く地の底から響く地鳴りと揺れに一睡も出来なかった私に対し、隣で高いびきをかく母。

信じられな~い

さすがに色々と乗り越えた母の強さに脱帽しました。

そして今日、ようやく実家のあった場所へおもいで探しに…
信じられな~い

けど現実です。

一枚目は我が家です。

こうやって何軒もの家が重なって、その中から叔母も発見されました。

二枚目は我が家跡です。

少しの門と弟の自転車。
後は基礎のみ

悲しくて…寂しくて…

三枚目は住宅が密集していた我が町内。
本当に住宅があったのかな~と不思議な気分になりました。

この現実をみなさんにお知らせしたく画像ものせました

これは並大抵の事では復興は難しいでしょう。

だからこそ、息切れしないように個々のペースでお力添え頂けたら幸いです

さすがに、家跡に行った時は母も涙が溢れて苦しそうでしたが…


「下手に残ってたら片付け大変だし、それ考えるとしゃあないいっか(笑)」
強し(笑)

写真や位牌やもろもろ、拾えたので良しとしよう
一昨日、我が家も急展開を迎えた。

行方不明になっていた叔母が遺体で発見されました。

てっきり海の中に行ってしまったのでは…と半ば諦めていましたが、見つかりました。

良かった

火葬は山形で行われるらしい。

無くなったと思っていた我が家も瓦礫で発見されました

母は必死で写真等を探していたらしいです。

バスで一路仙台に向かい、バスを乗り換えて石巻へ

到着するのは多分7時位になるのかな~

現実をこの目に焼き付けて、17日に我が劇場で行われるチャリティー公演の時に報告致します。

お時間の都合付く方は是非吉祥寺へ

3時から二本立ての朗読劇です

「ある『小倉日記』伝」

については前日に小倉の松本清張記念館で公演をして、翌日東京に帰ってきての公演です

仕上がってます

入場料は2000円。

この収益は義援金として日本赤十字に募金させてもらうことになってます。



今国立劇場の前を通りました

桜が満開

綺麗なピンクでした

綺麗だな~
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